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【福島県:会津張子】野沢民芸品製作企業組合

会津張子


 会津張子は今より400年余の昔、豊臣秀吉に仕えた蒲生氏郷公が会津の領主として伊勢から国替を命じられた際、当時貧しかった下級武士達の糧になるようにと、京都から人形師を招き、その技術を習得させ、会津庶民の殖産興業を図ったことが始まりといわれています。

 

その後、今ほど人や物の交流が盛んではなかった時代となり、会津は独特の文化を育んでいくこととなります。そんな中で会津独自の生活習慣、信仰を反映した 郷土玩具張子が作られるようになりました。張子の多くは、子育て、開運、商売繁盛、五穀豊穣を祈願して作られていります。特に有名なのは「赤べこ」です。

 

「べこ」とは会津地方の方言で「牛」を指しています。1200年程前、会津柳津・福満虚空蔵尊圓蔵寺の建立の際、最後まで働き通したのが赤色の牛と伝えら れており、その赤色の牛にあやかり、昔から子供の誕生には壮健を祈り、又疫病除としても贈られ、親しまれている玩具です。江戸時代、製作者たちは比較的身分の低い階級が多く、明治になっても内職を生業としている存在でした。その後も、農閑期の副業にする人が多かったため、社会的な仕事として認識されず、後継者が不足し、新しい世代へ受け継がれる事が難しい仕事となっております。

野沢民芸品製作企業組合


福島県耶麻郡西会津町にあり、古くからこの地で日本の伝統を絶やすことの無いよう心を込めて、作品の製作をしてきました。この愛らしい民芸品を作る作り手は減っていますが、野沢民芸品製作企業組合では数人の職人が一つ一つ手作りしています。

会津張子作りの工程

そんな厳しい状況ではありますが、今でも下記にあるような手間のかかる工程を熟練した職人の手により会津張子はひとつひとつ丁寧に作られています。

  1. 型作り 
    木型に油を塗りその上から和紙を貼る
  2. 木型からはずす 
    2~3日ほど乾かし、切れ目を入れる型から外す
  3. 張り合わせる 
    切れ目をのりで張り合わせる
  4. 下塗り 
    つやを出すために昆布とボンドを混ぜたものを塗っていく
  5. 塗り 
    下塗りが済み乾いたら各張子のベースになる色を塗っていく
  6. 模様を描く 
    最後に模様や目などを入れ完成

愛しむように製作されている職人の方たちの様子はいつみても「じん」と胸が熱くなります。そして丁寧な中に職人ならではの筆さばきや手さばきはこれまたいつみても感動すら覚えます。
福島県に旅行などで訪れた際にはぜひ見学をしていただきたいものです。

野沢民芸品製作企業組合様からのコメント


「会津の三泣き」という言葉があります。 会津の人は恥ずかしがり屋で、初めて会う人には冷たく感じられ泣き。住んでみると、気候風土の厳しさに泣き。馴染んでくると、人情深く、別れるときには、会津の地を忘れがたく泣く。

張子には、全てに会津の生活習慣や信仰、願いが託されています。だから、野沢民芸品製作企業組合は、このような時だからこそ、強く、なくしてはならないと思い、仕事を続けています。